こころの病気

こころの病気といっても、種類も症状も様々です。こころの病気を診断し、病名をつける方法は体の病気とは考え方が異なっています。
体の病気の場合、病名は臓器の種類や部位、原因によって分類されることが多いのですが、こころの病気の場合は、おもにというひとつの臓器を対象にしており、また原因がわかっていない疾患が多いという特徴があります。
そのため、現在では特徴となる症状と持続期間およびそれによる生活上の支障がどの程度あるかを中心に診断名をつける方向に変わってきました。こころの病気についてのおもな診断基準として、アメリカ精神医学会が作成したDSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)
や世界保健機関によってつくられたICD(国際疾病分類)があり、日本でも広く使われています。
こうした診断基準では、病名をつける上では原因は問わないことが基本となっています。
社会的な環境やストレスの状態も含めて総合的に診断することは治療方針を決める上でとても大切です。同じうつ病という診断がついた場合でも、ストレスがきっかけの場合もあれば、体の病気と関係していることもあります。

うつ病の新しい治療法

うつ病は、精神的ストレスや身体的ストレスが重なることなど、様々な理由から脳の働きに障害が起きている状態です。このため、ものことを否定的にとらえるようになったり、自分自身に対する評価も低くなってしまうことがあります。その結果、普段なら乗り越えられるようなストレスも、よりつらく感じてしまうという、悪循環が起こりやすくなります。
rTMS(反復経頭蓋磁気刺激)療法は、脳に繰り返し磁気エネルギーを与えることで、脳の働きを改善し、うつ病の症状を和らげる新しい治療法です。

療法の方法

当院ではリハビリテーション精神料に入しながら実施します。入院しながら治療を行うことで、万一の予期せめ副作用に対して迅速な対応が可能です。入院期間はおおよそ4週から6週間になります。高額療養費制度の対象となります(ただし食事代や差額ベッ
ド代は保険適応外となります)。
「TMS療法にはNeuroStar TMS装置(Neuronetics 社製)を使用し、当院のrTMS 実施室において、訓練を受けた医師によって定められたやり方で行われます。
入院前にまずリハビリテーション精神科の外来を受診していただきます。そこでrTMS 療法の適応の有無について、有効性と安全性の観点から評価します。必要に応じて、薬物療法の調整や詳しい検査(脳波検査、頭部 MRI検査など)を実施することがあります。
また、「TMS 療法を実施する前に、刺激部位と刺激強度を決める作業を行います。これには20分~40分ほどかかります。専用のトリートメントチェアに座って、左前頭部(左側ひたいの数cm 後方)に治療コイルを設置します。刺激部位と刺激強度を決める作業は原則的に最初の1回だけです。
刺激部位と刺激強度が決まったら、rTMS 療法を開始します。刺激そのものは約40分間かかりますが、その間は訓練を受けた医師や医療スタッフがそばで見守っています。刺激にともなう不快感などございましたら、遠慮なくお知らせください。初回の刺波では、刺激時の痛みや不快感が生じる場合もありますが、慣れによって軽減します。刺激中の痛みが強い場合には、一時的に刺激強度を下げることも出来ます。治療終了時には、医師が副作用や精神症状を評価します。毎回の治療の前後で、精神科専門医による診察を受けて頂きます。治療クールの終了については、有効性、安全性に基づいて、精神科専門医が判断いたします。

rTMS療法の適応

以下に挙げる項目に合致する18歳以上の方がrTMS療法の対象となります(精神科専門医による判断が必要となります)。
うつ病(大うつ病性障害)の診断を受けていること(双極性障害は適応外となります)
抗うつ薬による適切な薬物療法で十分な改善が得られていないこと
中等症以上の抑うつ症状を示していること
上記の項目を満たしていても、日本精神神経学会が定めた適正使用指針(rTMS 療法のルール)に基づいて、精神科専門医が適応外と判断した場合は、rTMS 療法をお断りすることや、途中終了することがあります。
日本では、抗うつ薬による薬物療法に反応しないうつ病に対して、他の抗うつ薬への切り替えや併用療法、あるいは非定型抗精神病薬などによる増強療法、さらには電気けいれん療法(通電療法)が行われています。電気けいれん療法の抗うつ効果は大きいといわれていますが、適応は限定されていますので、主治医にご相談ください(なお当院では電気けいれん療法は実施していません)。

予測される有効性・副作用

rTMS 療法を受けることで全てのうつ病が改善するわけではありませんし、効き方には個人差があります。世界で報告された臨床試験の結果をまとめて整理すると、以下のことが言えます。
rTMS 療法の抗うつ効果の程度は、おおむね抗うつ薬による治療効果と同等と考えられますが、電気けいれん療法
(通電療法) による
抗うつ効果には及びません。うつ病患者さんの約3割は抗うつ薬治療に反応しないと言われており、そのうちの3~4割がrTMS療法に反応しています。つまり、抗うつ薬が効かない患者さんの6~7割はrTMS療法にも反応しないことにご留意ください。rTMS
療法によって病前に近い寛解レベルまで回復する割合は2~3割と言われています。再発率に関するデータは十分ありませんが、rTMS 療法が有効であった患者さんの6~12ヶ月における再発率は1~3割と推定されています。
以上のように、抗うつ薬によって十分な効果が得られない患者さんの3~4割が安全性の高いrTMS療法によって抗うつ薬と同等の治療効果を示すことに一定の意義はあります。しかし、誰もが恩恵を受けるような万能な治療ではないことを事前に知った上で同意して頂く必要性があります。rTMS 療法に反応しない場合には、次の治療オプションについて主治医と話し合うことになります。
rTMS 療法の副作用に関しては、以下のとおりです。
①頻度の高い副作用:頭皮痛・刺激痛(30%前後)、顔面の不快感(30%前後)、頸部痛・肩こり(10%前後)、頭痛(10%未満)。
ほとんどが刺激中に限定した副作用で、刺激強度を下げたり、慣れの効果によって、軽減されます。刺激が終わってからも違和感が残存したり、頭痛を惹起することがあります。
②重篤な副作用:けいれん発作(0.1%未満)、失神(頻度不明)。頻度は高くありませんが、最も重症な副作用としてけいれん発作が挙げられます。けいれん発作そのものは自然に終息しますが、けいれん発作に起因する外傷や嘔吐物誤のなどの危険性が想定されます。
これまでのTMS に起因する全てのけいれん誘発事例の報告の中で、けいれんを繰り返す症例や、てんかんを新たに発症した症例は一例も報告されていません(2019年4月現在)。また、抗うつ薬によるけいれん誘発の危険率(0.1~0.6%)と比較してもrTMS療法が特別にけいれん誘発のリスクが高いわけではありません。
③その他の副作用(頻度小:聴力低下、耳鳴りの増悪、めまいの増悪、急性の精神症状(躁転など)、認知機能変化、局所熱傷など。
聴力を保護するために刺激中は耳栓を着用して頂きます。
以上より、日本精神神経学会のrTMS 適正使用指針作成ワーキンググループは、rTMS 療法の安全性や忍容性が電気けいれん療法や抗うつ薬治療に比べて優れていると結論付けています。

【参考文献】
Rush AJ. Trivedi MH. Wisniewski SR, Nierenberg AA, Stewart cH. Warden D, et al. Acute and longer-term outcomes in depressed outpatients requiring one or several trement steps: a STAR*D report. Am J Psychiatry. 2006:163(11):1905-17. Perera T. George MS, Grammer G, Janicak P5. Pascual-Leone A, Wirecki TS.
The Clinical TMS Society Consensus Review and Treatment RecoT Sendations for TMS Therapy for Major Depressive Disorder. Brain Stimul. 2016:9(3):336-46. Canadian Network for Mood and Anxiety Treatments 2016
臨床神経生理学会編:磁気刺激法の安全性に関するガイドライン(2019年版)
新医療機器使用要件等基準策定事業(反復経頭蓋磁気刺激装置)事業報告より